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131 第120話

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「おはようさん。」
この軽い挨拶に特高部屋内のスタッフ全員が立ち上がって応えた。
「おはようございます。」
自分の席に着くと同時に、主任である紀伊が側にやってきた。
「片倉班長。」
「なんや。」
「ヤドルチェンコ、ロストしました。」
「は?」
「申し訳ございません。」
「え?なに?また?」
「はい…。」
「え?張りついとってんろ。」
「はい。」
「それがなんで?」
「例のマンションに帰ったのを最後に、行方をくらましました。」
「マンションに帰ったんに行方不明?」
「はい。」
「んなだらなことあっかいや。」
片倉の言葉遣いに苛立ちが見える。
「管理会社の協力の下、部屋の立ち入りをしました。しかし、奴の姿を確認できませんでした。」
「…。」
「班長?」
「ってことはあの会社もグルか…。」
片倉は立ち上がった。
「やってくれたなぁ…。」
「え?しかしこのマンションの管理会社はヤドルチェンコとは何の関係もないことは確認済みですが。」
「どこでどうあいつらと繋がっとるか…んなもん結局の所わからんやろ。」
「は、はぁ…。」
「なんか気になるところなかったか。部屋ン中。」
「いえ、ピンク系のフィギュアとかコンテンツが大事にしまってある以外は特に。」
肩を落とした片倉は力なく席に座る。
「はぁー…かつてはロシアの情報部で腕を鳴らした強者が、いまは雑貨商という仮面をかぶったただのピンクの横流し。がっくりやな。」
「…そう見せて実は…ってのがヤドルチェンコの本来の姿なんでしょうが…。」
「…案外それ、ただの思いこみなんかもしれんぞ。」
「と言いますと?」
「俺らはロシア情報部、ウ・ダバの教育係、世界を股にかけたテロ組織の指南役ってタグに引っ張られとるだけなんかも。」
「まさか…。」
「実はこの日本の素晴らしいコンテンツの山々に取り憑かれてしまって、ここで今までの反動でそっちに全フリしたみたいな。」
「んな馬鹿な…。」
「…んなわけねぇか。」
「はい。」
「あてはないか。」
「ヤドルチェンコですか。」
「あぁ。」
「現在、周辺の監視カメラからデータを集めています。これを分析すれば少なからず手がかりは得られるものと。」
「それ、うちのIT班を使うな。」
「え?」
「外注しろ。その手の解析についてはここの会社しかない。」
「どこですか。」
「HAJAB。ここが例のサブリミナルの解析で目覚ましい結果を出した。」
ーえ?何だって?
「一日足らずで世の中のどういったネット動画に例の映像が挟み込まれているかを抽出するプログラムを書き上げた。」
「しかし…このタイミングでちゃんフリか…。弱ったな…。」
「どうした。」
「実はちょっと具合の悪いことが起きててな。」
「なんだ。」
「そのちゃんフリ見てくれよ。」
「なんだ…これ。再生できない動画がたくさんあるじゃないか。」
「そうなんだ。少し前からこの状況だ。」
「これは?」
「わからん。キングいわくメンテナンスかもしれない。メンテナンスだとするとその部署に明るい協力者はいないから様子を見るしかないと言ってる。」90
ーまさか…あれは班長が…。
「公安徳課は警視庁公安部と公安調査庁の寄り合い所帯。それ故なにかと綱引きする。お互いが自分の仕事にプライド持つのは構わんけど、それが任務に影響を及ぼすとなると困る。捜査に行き詰まったら思い切って外部委託することも一つの選択や。な、主任。」
「あ…はい…。」
「動画の解析なんやけど、お前誰かに遠慮しとったやろ。」
「え?」
「あ、ほうや、ところであれはどうや。」
「あれとは?」
「ほら池袋の車突っ込んだんはウ・ダバの仕業やってSNSで触れ回った出本の正体。」
「すいません。まだ着手していません。」
「あ、そうか。」
「はい。すいません。ヤドルチェンコに気を取られていました。申し訳ありません。」35
「あれは消えるSNSを利用した情報工作やった。おれがちょっとIT担当に呼び出して聞けば引き出せた情報やった。」
「…。」
「うちのIT担当は理系の良い大学を出て、IT企業で仕事しとったイマドキ中途採用人間。こいつらの死後の比重は年々、ここ警察でもでかくなってきとる。今までの地べた這いずるような捜査も大事やけど、こいつらの空中戦も見過ごせん。IT班の重要性、これをお前はよく理解しとる。ほやからお前なりに気ぃ遣ってんろ。定時で帰らすの。あいつらにへそ曲げられたら今後の警察を誰が支えるんやってな。」
「…。」
「わかっとるよ。紀伊。お前は人のこと、周りのことをよく考える事ができる優秀なサツカンや。就職氷河期世代の警視庁叩き上げ。苦労を知る人間は他人の苦労にも目が届く。ほやから俺は特高の主任に抜擢されとるんや。」
「…。」
「つまりお前の優秀さは俺以外の上の人間もよくわかっとる。そういうこと。」
片倉は紀伊の肩を軽く叩いた。
「HAJABに依頼してヤドルチェンコの行方を特定しろ。特定後速やかに俺に報告するんや。」
「はい。」
「HAJABを主任に紹介したのは俺やからな。そこんところちゃんと理解してマッハで対応頼むぞ。」
彼と面と向かっていた紀伊の背筋は凍りついた。
片倉の顔からは感情が消え失せていたからだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
バイブ音
トイレで用を足す紀伊の胸元が震えた。
携帯を手にした彼はそこに表示されるテキストに戦慄した。
ー光定を消せ…。
この空閑からのメッセージにしばらく紀伊の動きが止まった。
「いまは動けない。」
「やれ。」
「だから今は無理だ。」
「なぜ。」
「動画解析プログラムが完成している。」
「なんのことだ。」
「キングが作ったサブリミナル動画がどういった動画に差し込まれているかを自動で選別するプログラムだ。」
「ということは…。」
「そう警察はもうちゃんフリの動画を止めている。」
「だからか…。」
「さらにここにきて俺が逃がしたヤドルチェンコを、そのプログラムを使って行方を追えとの指令が出た。」
「そんなことできるのか。」
「いまの動画解析プログラムの応用だ。顔認証をうまく組み合わせて、町中なの監視カメラを分析する。おそらくすぐに結果がでる。」
「わかった。ヤドルチェンコには公共交通機関は使うなと指示する。」
「その方がいい。車の方がまだましだ。」
「しかしそれとクイーンの件は別だ。」
「だから俺がその解析プログラムの担当なんだって。そんな暇ないってよ。」
「馬鹿いえ。それくらいやれよ。お前特高なんだろ。」
「え?」
「キングから聞いたぞ。」
「キングが…。」
「特高は特別な機関だから不可能なことはないってキングから聞いた。」
「ただ今は物理的に無理だ。俺の方で足がつく。」
「キングもお前の行動怪しんでいたぞ。」
「えっ。」
「信頼回復にはクイーンの始末が必要だ。」
「そうなのか…。」
「そうだ。」
「わかった。やってみる。」
「時間は無い。早急に。」
「任せてくれ。」
「頼んだ。」
水を流す音
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あ、社長からです。」
こう言って新幹線の座席に座っていた雨澤は黙った。
「…。」
「社長、何て?」
雨澤はうなだれた。
「どした?」
「見てくださいよ…。」
横に座る雨澤のパソコン画面を覗き込むと無数の動画ファイルが並んでいた。
「この動画ファイルから特定の人間を抽出して、時系列的にマップデータに落とし込めって。」
「特定の人間?」
「はい。こいつです。もうすでに3Dモデル化もしてあります。」
データを見た神谷は思わず呟いた。
「ヤドルチェンコ…。」
「え?」
「あ、いや。」
「神谷さん知ってるんですか。こいつ。」
「いや…ほら見た目完全にロシア系じゃん。だからそれとなくっぽい名前つけてみた。」
「はい?」
「あ別にワシリスキーとかマカロフとかでもいいんだけど。いまぽっと思いつたのがヤドルチェンコだったってだけ。」
「なんすかその映画のワンシーンを再現してみた的な。」
「あ、それそれ。」
「中二っすか。」
「ってか、社長はこのヤドルチェンコを抽出しろと?」
「ヤドルチェンコで決定ですか。」
「名前つけたほうがわかり易くない?」
「まぁ。」
「さっきのサブリミナル動画抽出プログラムいじれば比較的簡単じゃない?」
「確かに抽出は簡単です。」
「問題はマッピングかぁ。」
「あ、でもちょっとまってください。」
キーを叩く音
「あ、丁寧に全部のファイルに座標データついています。」
「おーじゃあ簡単じゃん。」
「あのーファイル数尋常じゃないんですけど…。」
「それならウチのオフィスでやれるって。」
「だから何なんすかそのオフィスって…。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【Twitter】
https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM
ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。
すべてのご意見に目を通させていただきます。
場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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この軽い挨拶に特高部屋内のスタッフ全員が立ち上がって応えた。
「おはようございます。」
自分の席に着くと同時に、主任である紀伊が側にやってきた。
「片倉班長。」
「なんや。」
「ヤドルチェンコ、ロストしました。」
「は?」
「申し訳ございません。」
「え?なに?また?」
「はい…。」
「え?張りついとってんろ。」
「はい。」
「それがなんで?」
「例のマンションに帰ったのを最後に、行方をくらましました。」
「マンションに帰ったんに行方不明?」
「はい。」
「んなだらなことあっかいや。」
片倉の言葉遣いに苛立ちが見える。
「管理会社の協力の下、部屋の立ち入りをしました。しかし、奴の姿を確認できませんでした。」
「…。」
「班長?」
「ってことはあの会社もグルか…。」
片倉は立ち上がった。
「やってくれたなぁ…。」
「え?しかしこのマンションの管理会社はヤドルチェンコとは何の関係もないことは確認済みですが。」
「どこでどうあいつらと繋がっとるか…んなもん結局の所わからんやろ。」
「は、はぁ…。」
「なんか気になるところなかったか。部屋ン中。」
「いえ、ピンク系のフィギュアとかコンテンツが大事にしまってある以外は特に。」
肩を落とした片倉は力なく席に座る。
「はぁー…かつてはロシアの情報部で腕を鳴らした強者が、いまは雑貨商という仮面をかぶったただのピンクの横流し。がっくりやな。」
「…そう見せて実は…ってのがヤドルチェンコの本来の姿なんでしょうが…。」
「…案外それ、ただの思いこみなんかもしれんぞ。」
「と言いますと?」
「俺らはロシア情報部、ウ・ダバの教育係、世界を股にかけたテロ組織の指南役ってタグに引っ張られとるだけなんかも。」
「まさか…。」
「実はこの日本の素晴らしいコンテンツの山々に取り憑かれてしまって、ここで今までの反動でそっちに全フリしたみたいな。」
「んな馬鹿な…。」
「…んなわけねぇか。」
「はい。」
「あてはないか。」
「ヤドルチェンコですか。」
「あぁ。」
「現在、周辺の監視カメラからデータを集めています。これを分析すれば少なからず手がかりは得られるものと。」
「それ、うちのIT班を使うな。」
「え?」
「外注しろ。その手の解析についてはここの会社しかない。」
「どこですか。」
「HAJAB。ここが例のサブリミナルの解析で目覚ましい結果を出した。」
ーえ?何だって?
「一日足らずで世の中のどういったネット動画に例の映像が挟み込まれているかを抽出するプログラムを書き上げた。」
「しかし…このタイミングでちゃんフリか…。弱ったな…。」
「どうした。」
「実はちょっと具合の悪いことが起きててな。」
「なんだ。」
「そのちゃんフリ見てくれよ。」
「なんだ…これ。再生できない動画がたくさんあるじゃないか。」
「そうなんだ。少し前からこの状況だ。」
「これは?」
「わからん。キングいわくメンテナンスかもしれない。メンテナンスだとするとその部署に明るい協力者はいないから様子を見るしかないと言ってる。」90
ーまさか…あれは班長が…。
「公安徳課は警視庁公安部と公安調査庁の寄り合い所帯。それ故なにかと綱引きする。お互いが自分の仕事にプライド持つのは構わんけど、それが任務に影響を及ぼすとなると困る。捜査に行き詰まったら思い切って外部委託することも一つの選択や。な、主任。」
「あ…はい…。」
「動画の解析なんやけど、お前誰かに遠慮しとったやろ。」
「え?」
「あ、ほうや、ところであれはどうや。」
「あれとは?」
「ほら池袋の車突っ込んだんはウ・ダバの仕業やってSNSで触れ回った出本の正体。」
「すいません。まだ着手していません。」
「あ、そうか。」
「はい。すいません。ヤドルチェンコに気を取られていました。申し訳ありません。」35
「あれは消えるSNSを利用した情報工作やった。おれがちょっとIT担当に呼び出して聞けば引き出せた情報やった。」
「…。」
「うちのIT担当は理系の良い大学を出て、IT企業で仕事しとったイマドキ中途採用人間。こいつらの死後の比重は年々、ここ警察でもでかくなってきとる。今までの地べた這いずるような捜査も大事やけど、こいつらの空中戦も見過ごせん。IT班の重要性、これをお前はよく理解しとる。ほやからお前なりに気ぃ遣ってんろ。定時で帰らすの。あいつらにへそ曲げられたら今後の警察を誰が支えるんやってな。」
「…。」
「わかっとるよ。紀伊。お前は人のこと、周りのことをよく考える事ができる優秀なサツカンや。就職氷河期世代の警視庁叩き上げ。苦労を知る人間は他人の苦労にも目が届く。ほやから俺は特高の主任に抜擢されとるんや。」
「…。」
「つまりお前の優秀さは俺以外の上の人間もよくわかっとる。そういうこと。」
片倉は紀伊の肩を軽く叩いた。
「HAJABに依頼してヤドルチェンコの行方を特定しろ。特定後速やかに俺に報告するんや。」
「はい。」
「HAJABを主任に紹介したのは俺やからな。そこんところちゃんと理解してマッハで対応頼むぞ。」
彼と面と向かっていた紀伊の背筋は凍りついた。
片倉の顔からは感情が消え失せていたからだった。
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トイレで用を足す紀伊の胸元が震えた。
携帯を手にした彼はそこに表示されるテキストに戦慄した。
ー光定を消せ…。
この空閑からのメッセージにしばらく紀伊の動きが止まった。
「いまは動けない。」
「やれ。」
「だから今は無理だ。」
「なぜ。」
「動画解析プログラムが完成している。」
「なんのことだ。」
「キングが作ったサブリミナル動画がどういった動画に差し込まれているかを自動で選別するプログラムだ。」
「ということは…。」
「そう警察はもうちゃんフリの動画を止めている。」
「だからか…。」
「さらにここにきて俺が逃がしたヤドルチェンコを、そのプログラムを使って行方を追えとの指令が出た。」
「そんなことできるのか。」
「いまの動画解析プログラムの応用だ。顔認証をうまく組み合わせて、町中なの監視カメラを分析する。おそらくすぐに結果がでる。」
「わかった。ヤドルチェンコには公共交通機関は使うなと指示する。」
「その方がいい。車の方がまだましだ。」
「しかしそれとクイーンの件は別だ。」
「だから俺がその解析プログラムの担当なんだって。そんな暇ないってよ。」
「馬鹿いえ。それくらいやれよ。お前特高なんだろ。」
「え?」
「キングから聞いたぞ。」
「キングが…。」
「特高は特別な機関だから不可能なことはないってキングから聞いた。」
「ただ今は物理的に無理だ。俺の方で足がつく。」
「キングもお前の行動怪しんでいたぞ。」
「えっ。」
「信頼回復にはクイーンの始末が必要だ。」
「そうなのか…。」
「そうだ。」
「わかった。やってみる。」
「時間は無い。早急に。」
「任せてくれ。」
「頼んだ。」
水を流す音
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「あ、社長からです。」
こう言って新幹線の座席に座っていた雨澤は黙った。
「…。」
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雨澤はうなだれた。
「どした?」
「見てくださいよ…。」
横に座る雨澤のパソコン画面を覗き込むと無数の動画ファイルが並んでいた。
「この動画ファイルから特定の人間を抽出して、時系列的にマップデータに落とし込めって。」
「特定の人間?」
「はい。こいつです。もうすでに3Dモデル化もしてあります。」
データを見た神谷は思わず呟いた。
「ヤドルチェンコ…。」
「え?」
「あ、いや。」
「神谷さん知ってるんですか。こいつ。」
「いや…ほら見た目完全にロシア系じゃん。だからそれとなくっぽい名前つけてみた。」
「はい?」
「あ別にワシリスキーとかマカロフとかでもいいんだけど。いまぽっと思いつたのがヤドルチェンコだったってだけ。」
「なんすかその映画のワンシーンを再現してみた的な。」
「あ、それそれ。」
「中二っすか。」
「ってか、社長はこのヤドルチェンコを抽出しろと?」
「ヤドルチェンコで決定ですか。」
「名前つけたほうがわかり易くない?」
「まぁ。」
「さっきのサブリミナル動画抽出プログラムいじれば比較的簡単じゃない?」
「確かに抽出は簡単です。」
「問題はマッピングかぁ。」
「あ、でもちょっとまってください。」
キーを叩く音
「あ、丁寧に全部のファイルに座標データついています。」
「おーじゃあ簡単じゃん。」
「あのーファイル数尋常じゃないんですけど…。」
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